STUDY
2022.9.10
もの派とは? 自然物でアートに革命を起こした現代美術の代表的運動を解説
芸術とは? と聞かれると、これはもう本当に難しいですよね。まずジャンルがめちゃくちゃ広い。絵画や造形だけでなく、音楽、映画、マンガだってときに芸術になりうる。
でも皆さん共通して、芸術といえば何か手を加えて「かたち」にしたもの。というイメージをお持ちなのではないでしょうか。でもそれって本当に正しいのでしょうか。例えば今日の朝に踏んだ公園の芝生は? 塗装のはがれた横断歩道の白いペンキは? これがアートだ! って言われたら、なんだか現代アートのように見えてくる。そう、もう現代に進むにしたがって、アートってほんとに分かんなくなるんですよね。
今回はそんな混沌としたなかでも、特に奥が深い「もの派」についてご紹介。明日から日常の景色がちょっとおもしろく見えてくるような、もの派の世界を覗いてみましょう。
目次
もの派とは?
まずはざっくり、もの派の概要を紹介します。「もの派」とは1968年~1970年中期にかけて日本でおこなわれた芸術の様式です。
主な作家でいうと、関根伸夫、李禹煥(リ・ウーファン)、吉田克朗、小清水漸、榎倉康二、菅木志雄、高山登、成田克彦といった面々。約10名くらいの作家群で構成されています。といっても彼らが「私たちがもの派でっせ」と宣言したわけではない。「もの派」という言葉は批評家か誰かが、ちょっと彼らをイジる感じで呼び始めて定着しました。「印象派」と同じパターンですね。
もの派の「もの」とは木、石、岩といった「自然素材」とか、紙、鉄材といった「未加工の素材」を指します。彼らは「何かを創造するんじゃなく素材としての“もの”に注目しようぜ」と考えました。
実は、これ以外に共通する特徴を見出すのがかなり難しいんです。というのも先述した、もの派のアーティストそれぞれで「“もの”を通して訴えるテーマ」はぜんぜん違います。ですので、以下で紹介する考え・テーマは、あくまで代表的な例として捉えてください。
もの派の一部は「自然物を極力そのままの状態で設置することで、主体と客体を分け隔てること」を考えてました……といっても、我ながら「どないやねん」状態なので、もうちょっと詳しく書きます。
つまり通常の作品って、まずデカい大理石が素材として存在して、それを削ることで石像を作りますよね。または紙があって、それに絵の具で描くことで絵画を作るという感じで作品を創造する。すると作家が主体で、できる作品は客体ですよね。「ワンピース」だと尾田栄一郎がルフィを作った、って思うでしょ。このヒエラルキーみたいなのがはっきりしてるわけです。
でもなぜそうなのか。何か見方を変えると、めちゃめちゃ作家が支配的なように思えてくる。そうじゃなく、未加工なものをちょっと移動させる。石を美術館に置くとか、木炭をブースの中に設置する。すると、作家の主体性は薄れ、ものが客体ではなくなっていくんですね。こうした「自然物へのリスペクト」という考えがもの派の一部にはありました。さらにいうと、そういう状況で「“もの”がどう見えるのか」を観客に投げかけるという、実験的な考えがあったんです。
もの派の出発点は関根伸夫の「《位相-大地》」
関根伸夫,《位相-大地》1968年 大地、セメント 円柱: 220 x 270 (直径) cm, 穴: 220 × 270 (直径) cm, Courtesy of the artist Photo by Osamu Murai, CC BY-SA 4.0, via Wikimedia Commons
もの派の原点となった作品は関根伸夫の「《位相-大地》」です。1968年の10月に須磨離宮公園で開催された「第一回野外彫刻展」に出展されました。深さ220cm×直径 270cmの穴を掘り、土の塊を再構築して設置したものです。
関根信夫はこの作品について以下の言葉を残しています。
思考実験は自分たちが考えた仮説が、正しいかどうか思考推論することであり、ある場合には現実の物理的事象を無視することができる ―略― 地球に穴をあけ、そこから営々と土を掘り出すと、いつか地球は卵の殻の状態になる、さらに掴み出すと地球は反転しネガの状態になってしまう
引用元:関根伸夫、「〈もの派〉誕生のころ」、『もの派—再考』、国立国際美術館、2005、pp.73-74
この背景には数学の分野の一つである「位相幾何学(トポロジー)」があります。「メビウスの輪」で有名な分野です。関根は位相幾何学の観点から、無限に地球を掘って掘っていくと、いつか地球は空洞になり、反転するのではないか、と考え、実験をしたわけです。
この作品は作品だけでなく、場所全体を含めて味わえる「インスタレーション」の先駆けとなったともいえます。
また関根は「風景の門」という作品を、東京都世田谷区の砧(きぬた)公園入口に設置しました。これはいわゆる都市のなかに作品を設置する「パブリックアート」の先駆けになったといわれる作品です。
もの派は「自然物をあるがまま見せる」という思考が根底にあります。それゆえに、設置する場所はとっても大事なんですね。だからこそ「インスタレーション」や「パブリックアート」といった「空間性」を利用した作品となっていきました。
李禹煥により哲学化していくもの派
Behnam Nateghi | New York City, Public domain, via Wikimedia Commons
関根はその後、李禹煥(リ・ウーファン)と出会います。東洋の老荘思想や禅の知識が豊富で、哲学家的な側面もある季は、関根の作品に共感し、深めていくことになりました。
もの派の背景にある反芸術
さて、このように「自然物をあるがままの形で見せる」という運動の背景には、確実に「反芸術」があります。
1800年代、第二次産業革命で大量生産・大量消費の世界にガラッと変わった時「いやいや手作業で質の高いものをつくろうぜ」という「アーツアンドクラフツ運動」が起きた。でも、このテクノロジーに対抗するエネルギーはだんだん「諦め」に向かっていきます。
それで初めて反芸術が起きたのが1910年の「ダダイズム」。この時代は「レディ・メイド」の作品がどんどん出てきました。以前ご紹介したデュシャンの「泉」みたいに「便器」を作品として出品して「え?これもアートですけど?ミケランジェロの彫刻と、この便器と何が違うん?」みたいな感覚です。以降、アートシーンはだんだん「作らない」という方向に進んでいくんですね。その背景はさまざまです。テクノロジーに対する諦めもあっただろうし、ただ上手下手とかじゃない「哲学的」な訴えもあった。
もの派は反芸術の到達点ともいえる
そんななかもの派は、反芸術の究極的だと思います。ただ素材を設置して、その関係性を観察する。これは「作らない」というだけでなく、「あるがまま」を見つめるという運動です。このあたりがものすごく「禅」っぽい部分でもあります。
禅語には「柳緑花紅」、つまり柳は緑、花は紅という美しい様をそのまま受け止めて解釈する、という意味の言葉がありますが、もの派の作品はまさしくこの通りといっていいでしょう。ものとアーティストとの関わり方を通して、私たちは自然物が持つパワーをありのまま受け止めて再解釈できるんです。
ちなみにさんざん「テクノロジーの進化を諦める」と書きましたが、「諦める」という言葉も実は禅語です。つまり「明らめる」、何かに固執することをやめると、色んなことが明らかになるよという、ポジティブな意味なんですね。
そう考えると反芸術は、芸術をやめることで、新たな道を明らかにしてきた歴史なのかもしれません。もの派はとてもリアルな形でそれを証明してみせたんです。
国立新美術館開館15周年記念、李禹煥の回顧展が開催中
さて、そんな「もの派」を牽引してきた李禹煥の回顧展が国立新美術館で開催されています。私はもう参加しましたが「もの」を見る目が変わるというか。行きで見た「草」と、帰りで見た「草」がまったく違う物体のように見えるパワーがある展覧会でした。
李禹煥展の記事をよむ
何となく毎日の生活を続ければ、私たちは「もの」に慣れていきます。でも、実は草木の一本一本で生え方や色合いが違う。「あ~、都会を抜け出して自然を満喫したいわ~」なんつって避暑地に行く必要なんかないんですよね。身の回りにはこんなにも自然が溢れている。そんな何気ないことに気付かせてくれるような展覧会でした。
普段、スマホの画面に見とれて、自然を見失っている方は、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。アートの奥深さとともに、見失いがちな豊かさに気付くはずです。
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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。
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