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2022.9.14
新版画ってなに? 浮世絵との違い、海外で人気の理由などを紹介
世界全土に視点を広げて見ても、日本美術の表現技法は独特なものです。単に「東洋と西洋」のように二分化できない。日本は大陸の影響を受けつつ、島国ならではの独自のカルチャーを築いていきました。
そんな日本美術のなかでも、いまだに高い人気を誇るのが江戸時代ごろに流行りまくった「浮世絵」でしょう。当時の葛飾北斎、歌川広重といった絵師たちの技術は、西洋の印象派、後期印象派の面々にも大きな影響を与えました。
そんな浮世絵がいったん衰退した後、明治時代から昭和にかけて盛り上がった芸術様式に「新版画」があります。新版画は第二次世界大戦あたりでいったん衰退しますが、実は2020、21年あたりからまた再ブームの兆しを見せており、各地で展覧会が何度も開催されている状況です。ちなみに2022年9月14日からは千葉市美術館で「新版画 進化系UKIYO-Eの美」が開催されています。
今回はそんな「新版画」についての情報を網羅的にご紹介。新版画とは何なのか。浮世絵と何が違うんだっけ? どう見たらおもしろさに気付けるの? といったポイントを解説していきましょう。
目次
新版画とは
「新版画」とは、ブレスなしのひと息で言うと「数人の絵師、彫師、摺師が『浮世絵をもう一回盛り上げようぜ』とか『西洋の風が入ってきたいま、新しい版画をつくろうぜ』というテーマのもと、明治時代から昭和初期にかけて作った版画作品」を指します。
じゃあどうしてこういう様式が生まれたのか。ということを説明するために、江戸時代の浮世絵がどう流行して、どう衰退したのかを見ていきましょう。
「浮世絵」の流行
浮世絵が始まったのは江戸時代の1620年。徳川第二代将軍の秀忠が統治していた時代です。そもそも「浮世」の語源は「憂き世」という、超絶ネガティブな言葉でした。というのも関ケ原の戦いまで、日本ではずっと戦国時代だったわけで、いつ死ぬかも分からん町人や商人としては「いやだるいわ」という感覚だったんですね。
ただそんな戦国時代も徳川家康の圧勝でいったん終息し、みんな「戦争終わったで~」とウキウキで浮かれ放題なわけです。それで「憂き世」じゃなく「浮き世」と呼ばれるようになった。浮世絵は、そんな浮き世の風俗や流行りを表した絵、というわけですね。なので、描かれた作品は木版画で大量に刷られ、「浮世絵版画」として町中で売られていました。
最初の浮世絵師は『見返り美人図』で有名な菱川師宣(ひしかわ もろのぶ)だったといわれます。
菱川師宣『見返り美人図』, Public domain, via Wikimedia Commons
彼が得意だったのは「美人画」。これは吉原などの遊郭で働く人気遊女を描いた絵です。これを木版画でプリントして売っていたわけですね。みんな美人画を買って「かわいいんだけどなにこれ推せるわ」ってなってたわけですけど、もうこれ簡単にいうと「ドルヲタが乃木坂46のブロマイドを買って眺める」みたいな感じです。
その他「役者絵」も流行った題材です。名前のまんま有名な役者を描いた浮世絵と、その版画です。ジャニーズのブロマイドに近い感覚ですよね。東洲斎写楽(とうしゅうさい しゃらく)なんかが役者絵の名手として有名で、特に彼は「大首絵」という描き方を確立しました。「大首絵」というと何か難しく聞こえますが、もうぶっちゃけ「バストアップ」です。それまでみんな全身を描いてたのをバストアップで描いたらウケた、という感じ。
東洲斎写楽『三代目大谷鬼次の江戸兵衛』, Public domain, via Wikimedia Commons
つまり浮世絵はトレンドを伝えるメディアとしても重要だったわけです。今だと、雑誌や新聞、テレビだけでなく、SNSとかWebサイトとかに置き換わる役割を果たしていたんですね。単純に娯楽だけでなく、マーケティングの手法としても、超重要なものだった、というわけで、今でいう「折込チラシ」みたいな機能もありました。
浮世絵の衰退
じゃあ、そんな浮世絵がなぜ衰退していったのか。大きな背景としては、1854年の日米和親条約による鎖国終了と、そこからの明治維新によって、西洋文化がどばーっと流入してきたからです。みんな古き良き日本文化を守る、というよりはだんだん「文明レベル高めるために西洋文化を吸収していかなきゃ」という風潮に変わっていきました。
また技術も進化していきました。まず1858年には「写真」が出てきた。これは浮世絵的にはだいぶ痛かった。また1870年には新聞も出てきます。浮世絵はメディアとしての機能を他のメディアに吸い取られていき、衰退していくわけです。
それで1890年代後半から1900年になるころには、浮世絵はもうちょっと“過去の遺産”というか。いまでいう「え、まだガラケー使ってんの?」みたいな感じになってしまいました。
新版画の登場
新版画が登場したのは、ちょうどそのころです。この背景として一つは「明治維新で何でもかんでも改良主義になってるけど、どうなん? 古き良き浮世絵版画を忘れちゃいかんだろ」という意識がありました。
ちなみに当時、画壇だけでなく文壇でも同じような動きがあります。坪内逍遥や二葉亭四迷が西洋文化の影響を受けて「喋り言葉と書き言葉を一緒にしようぜ」といったのに対して、尾崎紅葉などが「いやいや古典を忘れちゃいかん」と言って古くからの書き言葉を守った。こんな感じで明治維新の時代は、いろいろ革新された一方、カウンターカルチャー的に「日本文化を守ろう」という動きがあったのは間違いないです。
ただそれだけじゃない。新版画は浮世絵と同じことをしたわけではありませんでした。つまり浮世絵と新版画は明確に違うものです。これが新版画のおもしろいところなんですね。
新版画と浮世絵の違い
新版画と浮世絵はまず「つくる目的」が違います。浮世絵は前述した通り、世間のあれこれについて描く「テレビ」「雑誌」みたいなものです。日本の大衆に向けた娯楽・情報媒体だったため、アート性は少なくあまりなく、どっちかというと「分かりやすい図」みたいな役割を意識しています。
その点、新版画は日本だけでなく「外国で一発狙おう」という目的がありました。そこで大きな役割を果たしたのが、アメリカの女性アーティストであるヘレン・ハイドや、オーストリアの男性アーティスト、エミール・オルリックです。彼らをはじめとして、外国人アーティストが木版画に興味を持って一緒に作っていくんですね。
すると「外国だとこれがウケそう」みたいな、ある種マーケティング前の顧客リサーチみたいなことができるわけですね。その結果「エンタメじゃなくアートっぽくしたほうが良さそう」とか「日本文化をちょっとオーバーにアピールすべきではないか」みたいな方向性になるんです。
その結果、浮世絵に比べて新版画は「アート性が高まっている」&「日本の当時の文化を押し出している」というのが特徴です。娯楽ではなく「芸術」として外国に売り出したというのが最大の違いなのかな、と思います。
また、「日本文化」を派手に表現しているので、ある意味「浮世絵より日本っぽい」というのがポイント。今でも我々は新版画を見ると、なんとなく「懐かしい」とか「落ち着くわ」という感情を持ちやすくなっています。
新版画を実際に見てみよう! 代表的な作品を紹介
では新版画を実際に紹介します。
橋口五葉『髪梳ける女』, Public domain, via Wikimedia Commons
橋口五葉(はしぐち ごよう)が1920年に描いた「髪梳ける女」という作品です。淡い色合いのなかに緻密さがあり、日本らしい“しっとり感”がある作品ですね。木版画ならではの情緒ある構図となっています。
また新版画の代表的画家・川瀬巴水(かわせ はすい)は風景画を多く残しています。どことなくなつかしさを覚える日本の原風景がそこにはある。日本人のDNAに響きます。
川瀬巴水『芝弁天池』, Public domain, via Wikimedia Commons
比較的、強い色を使っていますが、すごく静謐です。わびさび然としたアート性があります。アップルのスティーブ・ジョブズがファンだったのは比較的有名なエピソードでしょう。Macのデザインの背景には川瀬巴水がいるかもしれません。
吉田博『光る海』(「瀬戸内海集」より), Public domain, via Wikimedia Commons
吉田博もまた、新版画の代表的な画家です。この作品は瀬戸内海を描いたものですが、この立体的な仕上がり、写実性はまさに「プリント」ならではといいますか、絵画では出せない質感です。
ロバート・ミューラーの紹介により海外で流行
この新版画はもともと海外向けのマーケティングをしていた、とお伝えしましたが、ロバート・ミューラーというアメリカの鑑定士が紹介したことによって、海外での人気が爆発します。その結果としてスティーブ・ジョブズ以外にも、ダイアナ妃、マッカーサーなどが新版画のファンだったといわれます。
どっちかというと、日本より先に海外で人気が出たジャンルだったんです。日本での認知は2009年に江戸東京博物館で開かれた回顧展がきっかけだったといわれますが、そこから人気が再浮上し、2021年には平塚美術館、町田市立国際版画美術館、SOMPO美術館などで展覧会が開催されました。
千葉市美術館で「新版画 進化系UKIYO-Eの美」が開催
そんななか、2022年9月14日(水)~11月3日(祝)まで千葉市美術館で「新版画 進化系UKIYO-Eの美」が開催されます。初期から後期まで190点の作品とともに、新版画の魅力を探る企画です。
浮世絵との違いをなんとなく理解したうえで「どのへんが海外にウケたんだろう」なんて想像をしながら見てみると楽しめると思います。また都市化が進んだいま、失われつつある「日本の風景」を見ると、なんだか子どもに戻ったような感覚があるかもしれません。
・新版画 進化系UKIYO-Eの美 | 企画展 | 千葉市美術館
https://www.ccma-net.jp/exhibitions/special/22-9-14-11-3/
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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。
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