EVENT
2021.9.9
ひたむきなまでの作り手たちの情熱に胸が熱くなる。『Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる』展
依然として先行きが見通せないコロナ禍が続く中、来場者から「勇気をもらった」や「深く胸を打たれた」などの声が寄せられるなど、静かな感動を集めている展覧会があることをご存知でしょうか?
それが東京都美術館で開催中の『Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる』。ここでは自らを取り巻く障壁(Walls)を乗り越え、未来への展望を可能とした橋(Bridges)へと変えた国内外の5名の作り手(表現者)を紹介しています。
目次
シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田『家族の肖像(4)』 1970〜90年代 神奈川県立近代美術館
「不完全」だからこその魅力。見る者の記憶や感性を揺さぶるジョナス・メカスの『日記映画』
ジョナス・メカスの展示風景。出品された「静止した映画フィルム」は、メカスが自ら撮影したフィルムの一部を選んでプリントしたものです。
まずはリトアニアに生まれ、反ナチス活動により強制収容所に収監された経歴を持つジョナス・メカス(1922〜2019年)です。終戦後にアメリカへ亡命するものの英語が話せず、職を転々としながら貧困と孤独の生活を送っていました。そうした中、メカスは16ミリの映画用カメラ「ボレックス」を借金をしてまで購入。家族や友人といった身の回りの風景を撮影しました。
金属の塊である「ボレックス」は重くて扱いが難しいため、手振れも頻繁に起き、画面は大きく揺れます。そして露出やピントも手動で、ぼやけたりと不安定そのもの。しかしメカスはファインダーも覗かず、気の赴くままに撮影を続けました。
映像はもはや「不完全」といえるかもしれませんが、逆にそれがメカスのオリジナリティーとなるのです。多くの光の欠片が捉えられ、不規則に明滅を繰り返す映像は、見る者の記憶や感性を揺さぶります。時と場所を超えて、まるでメカスと一緒に風景を見ているような気持ちにさせられるのではないでしょうか。
静かな「祈り」に満ちた空間。スビニェク・セカルとシルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田
スビニェク・セカル『球体と日本の矢のある箱』 1989〜1992年 個人蔵
メカスと同じく、反ナチス運動に加わった作り手がもう1人いました。それがチェコスロバキアに生まれ、18歳から22歳まで強制収容所で過ごしたスビニェク・セカル(1923〜1998年)です。強制収容所では拷問などで亡くなったさまざまな国籍の死者のために、多言語で死亡診断書を書く役割を与えられ、なんとか生き延びることができました。
セカルは収容所から解放後、装丁などのグラフィックデザインを生業としながら、40歳の頃にブロンズの彫刻などを手がけ、60歳を過ぎてから箱や格子状の作品を作るようになりました。細い木材を組み上げた幾何学的はかたちからは、決して逃れることのできない監獄のイメージが浮かび上がります。寡黙であったセカルは、後年、収容所での体験を語ることはありませんでしたが、その時の記憶が箱という造形に表れたのかもしれません。
シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田『天使、彫刻を学ぶ少年(シートNo.14)』 制作年不詳 神奈川県立近代美術館
こうしたセカルと同じ展示室に並ぶのが、イタリアに生まれたシルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田の彫刻や絵画です。ローマで美術を学んだシルヴィアは、留学先のパリにて保田春彦と結婚。その後、日本へと拠点を移すものの、子どもを授かってからは育児に専念したため、表立って制作することはありませんでした。
シルヴィア・ミニオ=パルウエルロ・保田『シエナの聖カタリナ像とその生涯の浮彫り』(部分) 1980〜1984年 聖カタリナ大学(愛媛県松山市)
しかしシルヴィアは家族が寝静まった夜半、まな板を用いた木のレリーフや、広告のチラシによる切り紙などを作り続けます。敬虔(けいけん)なクリスチャンであった彼女は、作ることを祈りと等しくとらえていて、主にキリスト教の主題を作品に表現しました。
そうしたプライベートな制作のために、完成品はごくわずかに過ぎませんが、今回は『シエナの聖カタリナ像とその生涯の浮彫り』といった比較的大きな彫刻も公開されています。聖像を頂点に礼拝堂のように並ぶ2人の作品を見ていると、人間の普遍的な祈りの空間へと誘われるような気がしてなりませんでした。
なくなってしまう村の全てを記録する。主婦、増山たづ子の写した膨大な写真
増山たづ子による写真作品。※いずれも増山たづ子の遺志を継ぐ館蔵
国内の作り手にも目を向けましょう。故郷に思いを馳せ、ダム建設によって消滅してしまう村をひたすら撮り続けた1人の女性がいました。岐阜県旧徳山村(現揖斐川町)に生まれ、農家の主婦だった増山たづ子(1917〜2006年)は、水没が決まった村を還暦を過ぎてから28年に渡って撮影。実にネガとして10万カット、600冊ものアルバムを残しました。
そこには村の人々の生活やお祭り、野花や雪に覆われた山、それに犬や鳥に蝶などの生き物などが写されていますが、村の方々がまるで家族のように親密に思えるのも大きな特徴です。また一見、次々と軽快に写したように見えますが、実際にはシャッターを押すまでに長い時間をかけるなど慎重に撮影していました。なくなってしまう土地に対しての思いが伝わるかのようです。
増山が撮影をしたきっかけには、旧日本軍のインパール作戦に従軍し、おそらく戦死したであろう夫がもしも帰還した時、故郷が水没して目にできなくなってしまうのは申し訳ないという気持ちがあったそうです。そして奇しくも88歳で永眠した同じ2006年、ダムの試験灌水がはじまり、村は水没してしまいます。ひとつの村の全てを記録して残そうとした増山の情熱に心を打たれました。
木こり出身のアーティスト、東勝吉の色彩豊かな風景水彩画の世界
山での経験を頼りに、自然の風景を描いた東勝吉(1908〜2007年)の絵画も見逃せません。大分県の日田に生まれた東は長年、山で木こりとして生活します。そして78歳にて由布院の老人ホームに入居すると、園長から水彩絵具を贈られたことをきっかけに、大分の土地の風景を描き始めました。時に83歳、要介護2の身体ながらも、周囲が目を見張るような集中力を示したと言われています。
全くの独学だった東の絵画の特徴は、鮮やかな色彩と大胆なデフォルメを伴う素朴な風景描写です。人の登場することの少ない風景には、渓谷や湖、それに咲き誇る桜などが描かれていて、四季折々で変化する自然の息吹が感じられます。
また描く際には写真を参照したものの、必ずしも模写せず、かつて目にした野山の記憶を蘇らせるようにして描きました。99歳にして亡くなるまでに残された作品は約100点。水彩画ながら、ちぎり絵のような味わいが見られるのも魅力かもしれません。
5名の作り手たちの生き様は異なり、表現のジャンルも絵画、彫刻、写真、映像と多岐に渡っていて、直接的な接点は一切ありません。しかしモノを作ることが生きていることの証であり、精神の糧だったことについては共通しているのではないでしょうか。
さまざまな障壁の横たわるコロナ禍のいま、自らの生きた記憶を残すべく、静かな情熱を秘めて創作を続けた作り手たちの存在に、多くの人々が心を動かされているのかもしれません。
なお東京都美術館では、外出がままならない方のために、オンラインにて展示を紹介する動画を配信中。担当学芸員の中原さんが丁寧に解説しておられます。こちらもぜひご覧ください。
『Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる』 展
『Walls & Bridges 世界にふれる、世界を生きる』 東京都美術館 ギャラリーA・B・C
開催期間:2021年7月22日(木・祝)~10月9日(土)
所在地:東京都台東区上野公園8-36
アクセス:JR線上野駅(公園口)から徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅(7番出口)から徒歩10分。京成線京成上野駅(正面口)から徒歩10分。
開館時間:9:00~17:00 ※最終入場は16:30まで
休館日:月曜日、9月21日(火)。※ただし9月20日(月・祝)は開室。
料金:一般800円、65歳以上500円。※10月1日(金)は「都民の日」により無料
https://www.tobikan.jp/wallsbridges/
画像ギャラリー
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千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
千葉県在住。美術ブログ「はろるど」管理人。主に都内の美術館や博物館に出かけては、日々、展覧会の感想をブログに書いています。過去に「いまトピ」や「楽活」などへ寄稿。雑誌「pen」オンラインのアートニュースの一部を担当しています。
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