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STUDY

2022.8.3

「追及権」って知ってる?日本の美術の未来を守るかもしれない重要な制度

「追及権」という言葉は、日本ではあまり知られていません。もしこの言葉を理解しているとしたら、あなたはマジで優しい。アーティストの生みの苦しみや、アートの本質的な価値を意識していらっしゃるんだろうなぁ、と思います。素敵です。

この記事では追及権についてご紹介します。ECサイトやNFTの流行で以前よりも作品を購入しやすくなった今だからこそ、ぜひアートに興味があるみなさんに知っておいていただきたいです。

追及権ってなに?

Photo by Omid Armin on Unsplash

「追及権」を超ざっくりいうと「作品が転売された際にアーティスト自身に売り上げの一部が入る制度」です。

例えば無名の画家・イロハニさん(20)がいたとしましょう。彼が描いた一枚の絵が1万円でAさんに売れたとします。イロハニさんはその後、めちゃめちゃ画壇で評価され、50歳になるころには世界的アーティストになりました。そのときAさんはオークションに当時、1万円だった絵を出品した。するとBさんに3,000万円で作品が売れた。とします。

このときに3,000万円のうち一部がイロハニさんのもとに入ってくるよ~、というのが「追及権」です。この割合は国によって違いますが、EUの場合は0.25~4%です。例えば2%だった場合、60万円がイロハニさんに入ってきます。

追及権が生きている限り、その後も転売されるごとにイロハニさんのもとに収益が入ってきます。イロハニさんが亡くなったら、一定期間(※)までは遺族に支払われていきます。

※基本的に著作権にもとづく。EUでは死後70年となっている。

もともとはミレーの『晩鐘』から

ジャン=フランソワ・ミレー『晩鐘』, Public domain, via Wikimedia Commons

この制度ができたのは1920年のフランスです。有名なバルビゾン派の画家、ジャン=フランソワ・ミレーの『晩鐘』という作品がきっかけになりました。この作品は、はじめ1,000フラン以下の値しかつかなかったんです。日本円にすると、14万1,600円(2022年7月現在)以下でした。

ただミレーがその後に死去すると、作品の価値はぐんぐん高まります。で、最後は80万フランで売買されるんですね。日本円にすると、約1億1,325万円(2022年7月現在)です。しかしこれが(極貧生活を送っていた)遺族のもとには1円足りとも入ってこなかった。この79万9,000フランはもちろん売った人や、場を提供した人、仲介者などのもとに入るわけです。

ただ本質的な価値というのは何なのか。「お前よく1,000フラン以下で買ったなぁ! スゴイ目利きだ!」じゃないですよね。いや、買った人もすごいけども。でもそうじゃなくて「あのミレーの『晩鐘』」だから、80万フランを出しているわけです。それで、作者に収益がないのは、ちょっと不公平だよね。ってことで、この制度が始まりました。

追及権は世界では広まりつつあるが日本では認められていない

Photo by Frankie Cordoba on Unsplash

「そんなん当たり前じゃん」って思う方もいるかもしれません。しかし追及権は日本ではまだ認められていないんです。現状では転売された作品がいくらで売れようが、アーティストのもとには1円も入ってこない、ということになります。

一方で世界的には広まりつつあり、現在約90カ国が追及権を取り入れています。なかでもフランスをはじめ、EUでは2001年に「みんな導入してね~」と導入指令を発令しました。ヨーロッパではかなり一般的な制度になっています。

作家も音楽家も継続して収益があるのに、画家・彫刻家にはない

この追及権ですが、小説家や漫画家、音楽家には必要ないんです。なぜなら本やCDは複製するものなので時代ごとに刷られ、そのたびに印税が発生するからです。今はオンデマンドですけど、ダウンロードされた際に使用料の一部が入ってきますし、音楽家の場合はカラオケでの使用料もある。

しかし画家や彫刻家がつくる美術作品は、大量にコピーできるものではなく、1点ものです。だから「販売した瞬間」にその作品の対価をすべて売り切ることになっちゃいます。

追及権の導入が美術の未来につながる

Photo by Markus Spiske on Unsplash

……と書くと「追及権を早く導入すべきだ」と思うかもしれません。私もまったく賛成なんですが、たしかにハードルはある。日本で足踏みしている背景としては「導入することで“地下”、つまり見えない場所での違法な売買が増えるかも」「作者の出自を辿っていくのが困難かも」「そもそも買い手が減るかもよ」といった意見があります。

それでも「やっぱり環境を整備したうえで導入すべきだ」と思います。まず導入することでアーティストの創作意欲が出てくる。どうしても駆け出しのころって作品は安くしか売れません。しかし「この作品が20年後に10倍、100倍の値がつき、自分をサポートしてくれる」と考えられるだけで芸術家を続ける勇気になると思うんです。

すると「日本の画家・彫刻家の拠点を守ること」にもつながるでしょう。事実、日本人アーティストは追及権のある国で活動する例も多くあります。

ルイ13世の時期にフランスは、イタリアに画家が流出し文化が廃れるのを防ぐために美術学校を作りました。これと、同じだと思うんです。デジタルが発達して国内外の垣根がなくなりつつある今ですが「美術作品」というオフラインの良さを持つものだからこそ、日本でも文化を守る必要があります。

またこれが最も伝えたいことなんですが「その作品の本質的な価値」をきちんと明確にするために追及権は存在すべきだと思うんです。もちろん、購入した時点で所有者は移ります。その際に金銭は支払われます。

ただ、作品の価値をそこで終わりにすべきではない。「その作品がなぜ求められるのか」というと、作品が表現していること、作者のバックグラウンドに感動し、共感するからでしょう。「買い付けた人の先見の明」や「商売の才能」ではない。

アーティストだけに限らず、音楽シーンのライブチケットなども含めて「作品の転売」はここ10年ずーっとホットワードです。「アート作品と商業製品との境目」は、なかなか明確な答えを出しにくいテーマですが、その定義の一つとして「追及権」は必要なものだと感じています。

ジュウ・ショ

ジュウ・ショ

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アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。

アート・カルチャーライター。サブカル系・アート系Webメディアの運営、美術館の専属ライターなどを経験。堅苦しく書かれがちなアートを「深くたのしく」伝えていきます。週刊女性PRIMEでも執筆中です。noteではマンガ、アニメ、文学、音楽なども紹介しています。